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続 ゆうけいの月夜のラプソディ 的な

ちんぷんかん / 畠中恵

⭐️⭐️⭐️

  しゃばけシリーズ第六作。いきなり若だんなが冥土送りになりびっくりさせるが、全体を通じては、貰い火で焼け落ちた長崎屋の新築と腹違いの兄松之助の縁談の成り行きが語られる。

 

「私ったら、死んじゃったのかしらねえ」長崎屋が大火事に巻き込まれ、虚弱な若だんなはついに冥土行き!?三途の川に着いたはいいが、なぜか鳴家もついてきて―。兄・松之助の縁談がらみで剣呑な目に会い、若き日のおっかさんの意外な恋物語を知り、胸しめつけられる切ない別れまで訪れて、若だんなと妖たちは今日も大忙し。くすくす笑ってほろりと泣ける「しゃばけ」シリーズ第六弾。 (AMAZON解説)

 

鬼と小鬼」 「うそうそ」で初めて箱根に出かけた若だんなだが、一気に冥土へ旅することになる。火事と喧嘩は江戸の華、なんてことを言うが、このしゃばけシリーズも本当に火事が多い。今回はいよいよ長崎屋が貰い火を受けてしまい、若だんなは煙を吸って意識消失、気がつけば三途の川のほとりに立っている。賽の河原で石積みを始めることになるが、心配なのは何故か一緒についてきた鳴家と根付の獅子。この妖達はなんとか現世に返してやりたいと気を揉む若だんなだが。。。

 

  まあそのまま三途の川の河原で永劫に石積みしてたらその後のシリーズが成り立たないわけで、イザナギイザナミの故事に倣って若だんなはこの世へ逃走する、使い古されたネタではあるがそこは畠中さんの腕の見せ所、分かっていても面白い。

 

ちんぷんかん

  これまでも度々登場した上野広徳寺の妖退治の僧寛朝、その弟子となった秋英の話。秋英が広徳寺へ来たのはわずか9歳の折り、武士の三男で食い扶持を減らすために寺へやられたのだった。それから13年、秋英は初めて寛朝から客の相談事の応対をするように命じられる。その相手は和算の先生で娘の縁談をまとめて欲しいという。しかしその先生、実は妖、断った秋英は和算の本の中に叩き込まれてしまう。

  寛朝に最近妖の機嫌が悪いと相談に来ていた若だんなは秋英の悲鳴を聞きつけるが。。。秋英の意外な才能が明らかとなる一方、若だんなの腹違いの兄松之助の縁談話が持ち上がっていることを提示してこの話は終わる。

 

男ぶり

  大妖皮袋であった祖母おぎんの血を引く母おたえの失恋の話。おたえも大妖の血を引くだけあって、世間の常識からずれているところがあり微妙に人の心が読めない。一方でおぎんの美貌も引き継いでいるので、縁談話は引きも切らない。そんな折、ある大店の次男坊の男ぶりに惚れてしまい、その次男坊からの珍妙な相談事を引き受けてしまう。若だんなの世話を焼く手代ばりにおたえの世話を焼く守狐も出しゃばってきて問題は解決するが、その結果その男から疎まれて恋敵にとられてしまうことに。

 

  その時に慰め励ましてくれたのが、今のご主人藤兵衛、当時は使用人の藤吉。それで良かったと若だんなはしみじみ思うのであった。ついでに

 

しかし長崎屋の親馬鹿、守りの妖馬鹿は、先代からの伝統だね

 

とも。

 

今昔

  ようやく火事で消失、再建していた長崎屋が完成。宴の賑やかな雰囲気で話が始まる。開店祝いセールの最中、離れでは若だんなと妖たちも大宴会。同じく焼けてしまった紅白粉屋のお雛さんがついに厚化粧をとったと屛風のぞきがめでたい話を披露すれば、猫又もおしろも若だんなの腹違いの兄松之助の縁談が決まりそうだ、と報告。相手は米屋の大店、玉乃屋のお嬢さんと申し分なし。だけどその話になると若だんなの顔色が冴えなくなる。

  それもそのはず、兄が出てしまえば自分がしっかりしなきゃと、開店大セールで大賑わいの店を手伝おうとしたら例によって例のごとく大甘の父と手代二人にダメ出しをくらって離れに戻されてしまったのだった。

  そんな最中に白い紙が若だんなの顔を塞ぎ、若だんなはまたまた死にかける。貧乏神の金次が現れてことなきを得るが、その紙は式神だった。それを離れに寄越して若だんなを殺そうとした極悪陰陽師がいる、と手代を始め妖たちは大騒ぎに。そして珍しく仁吉(大妖白沢、慎重派)と佐助(大妖犬神、積極派)の意見が食い違う。

 

  そして話は松之助の縁談先の玉乃屋を巻き込む騒動になっていき、更には金次のそろそろ貧乏神として誰かに取り付こうという思いも絡んで。。。と、久々に妖たちが大活躍する面白い話となっている。

 

はるがいくよ」 

  本巻の白眉、シリーズ中でも屈指の名作ではなかろうか。桜の花びらの散る様に寄せて、若だんな一太郎松之助三春屋栄吉、そして花びらの精である小紅との別れが語られる。

  松之助は前作の玉乃屋の次女お咲と結婚し分家する。若だんなが花向けに最後に選んだのは「空のビードロ」(「ぬしさまへ」所収)の思い出の品。栄吉は三春屋を継ぐため修行に出ることになる。そしてなんとか小紅を長生きさせたいと願った若だんなだったが、、、畠中さんは若だんなの小紅への思いと、手代二人の若だんなへの思いを重ね合わせ、見事な結末へと持っていく。

 

  序の出だしが、この作品の美しさを象徴している。素晴らしいものを読ませてもらった。

 

  暖かい春の一日であった。

  あるか無しかの風が柔らかい。ゆるく吹いては、草の新芽を撫でて過ぎてゆく。風は淡い色の花びらを数多空に舞い上げ、そこここへと運んでいた。

 

 

 

 

何様 / 朝井リョウ

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

  先日紹介した、まだ何者でもない大学生たちの就活模様を描いて秀逸だった「何者」のアナザーストーリー集。六作品それぞれによく出来ており、彼得意の思わせぶりな題名と最後のツイストもきっちり効いていて、朝井リョウって本当にこういうの上手いな、と思う。

 

水曜日の南階段はきれい」   いやあ、いきなりガツンとやられた。「何者」で光太郎@天真爛漫系男子が瑞月@地道素直系女子を二回も振って、似合わない中小規模の出版会社に就職したのは、「初恋の人とその業界にいればいつか会えるかもしれない」からだった。その謎ときの一本だが、題名といい、内容といい、最後に泣かせるところといい、実に良い。

 

  光太郎は大学受験間近で3人組のバンドのラストライブを終わったところ。御山大学志望を公言しているが、英語があと一息。ある日教師から、同じクラスの大人しい女子、荻島夕子の英語答案が模範的と聞かされ早速教えを請うことにした。

  実は光太郎には彼女に関してちょっと気になることがあった。それは彼女がもう掃除免除の時期なのに今でも水曜日に南階段を掃除していること。夕子はそれを知っている光太郎に驚くが、その答えは言わない。その代わり、金曜日には踊り場の窓拭きをしていることを教える。

 

  その秘密のすべては卒業式の後で明らかになる。驚く光太郎だが、もう夕子とは会えない。切なくも上手いラスト。

 

  俺は、夕子さんにお礼が言いたかった。そしてそれは、受験のことだけじゃなかった。もっと大きくて、いろんな思いを込めたありがとうを伝えたかった。(中略)   文集が立てかけられていたあたり、夕子さんが磨き続けた窓の先には、かつて俺が声を嗄らして歌っていた中庭がある。会おうと思えばいつでも会える距離に散らばることを嘆き合った友の姿が、ここからはきれいに見える。

 

  夕子さんとは会おうと思っても会えない距離に離れてしまうのだ。ちなみに英語を活かした職業を希望している。故に光太郎は出版社に就職したわけだが、果たして夕子さんと再会できるのだろうか、してほしい。

 

それでは二人組を作ってください」   理香@意識高い系女子と、隆良@空想クリエイター系男子の同棲の経緯。「何者」では「もともと理香と姉がルームシェアしていたが姉が出ていったタイミングで隆良@空想クリエイター系男子と同棲が始まった」との設定だった。

 

  冒頭の食事風景、姉への些細だけれど毎日だと重い、微妙な感情の揺らぎの描写がいい。

 

がしがしと玄米ブランを噛み砕くと、「食物繊維」という画数の多い文字が、一画一画ばらばらになって胃の中に押し込まれていく感覚がする。姉は、あれだけおいしいと言っていたしじみの味噌汁に手をつけるのも忘れて、携帯の画面に見入っている。

 

  理香は子供の頃から奥手で、女の子と二人組を作るのがとても苦手だった。姉でさえこのような息苦しさを感じているのに、その姉ももうすぐ結婚で出ていくので誰か代わりを早急に見つけないといけない。候補はいてバカだからちょっとその子の気にいるような部屋にすれば大丈夫と思っていた。でも結局振り回され置いてけぼりにされるのは理香。。。

  そのタイミングでルームシェアの相手だと思ったのが、バカが気にいるだろうと購入した家具を運んできて組み立てていた宮本隆良というバイト店員。

結局私は、自分よりもバカだと思う人としか、一緒にいられない。

  あの意識高い系で就活に励む皆を見下していた隆良も、理香から見ればそんな感じだったんですね、というお話。う〜ん、理香もなんか分かってないなあと感じさせるところが、朝井リョウの腕かな。

 

逆算」   「X'mas Stories」というアンソロジー集のために書かれただけあって、普通のラブ・ストーリー

  主人公は何でも逆算する癖がある、鉄道会社に勤めて四年の有希という女性。その癖の原因となったのは最初で最後の彼氏の心無い一言。まあぶっちゃけて言いますと、誕生日から逆算して親がアレしたのはクリスマスイブだとかいったわけですな。

  そして26歳のクリスマスイブにその誤解を解いてくれたのが、有希が惹かれつつある会社の同僚沢渡さんだった。めでたしめでたし。

 

  え、これで終わり?何者の誰が出てきたの?と焦ったが、最後にわかった。サワ先輩だった。私も鈍いな。

 

  とりあえず朝井リョウ探偵ナイトスクープのファンであるらしいのが嬉しかった一本。

 

きみだけの絶対」   「何者」では拓人の回想の中でしか登場しなかった烏丸ギンジが登場。といっても、彼の甥の高校生亮博の語りで話は進む。って、観察対象でしかないところ「何者」のまんまじゃん。

  まあとにもかくにも大学中退して劇作家になって十年経ち、ある程度名も知られ取材も受けるようになっている。とはいえ、「こういうことをやって金になるのは、気楽でいいよなあ」と親族にさえ思われているし、彼女としっぽりやりたかったのに母にチケットを押し付けられて仕方なく彼女と出かけたこの甥っ子にさえ、「生きづらさを抱えている人たちに、寄り添うような物語」を観に来ているのは「週末にきちんと休むことができて、数時間のためにいくらかのお金を払う事のできる人たち」で「その前にやらなくちゃいけないことがたくさんある人たちの目には届かない」ことを看破されてしまう。でも、「その前にやらなくちゃいけないことがある」彼女の見方はちょっと違った。。。

 

  朝井リョウも言ってみればギンジと同じ立場なんだろう。「ギンジさんが演劇をやる『意味』」を朝井リョウは書かずに終わるが、それは彼自身が一番知りたいことなのかもしれない。

 

むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」   瑞月@地道素直系女子がアメリカ留学をしている間に、父が心の弱い母の看護に疲れ果て、ついに正美という女性と浮気をしてしまう話。

 

  瑞月の父も懸命にいい夫でいようと努めてきた。正美も子供の頃からひたすら良い子でいようと努め、今も真面目にマナー講師のとして働いている。しかし「むしゃくしゃ」の沸点が低くて問題児だった妹の方が今は父母を喜ばせている。仕事でも元ヤン講師の方が人気がある。

  この二人の「むしゃくしゃ」がついに爆発した時、、、瑞月がこの後母と同居しなければならなくなり、エリア就職しかできなかったのは可哀想だけど、この二人は許せる気がする。

 

  って、フィクションなのに何言ってんだか、私。

 

  ちなみに私も「昔はヤンチャで」なんてシラっと公言しているやつらが大嫌い。で終わろうと思ったら、解説のオードリー若林さんがもっと真面目に語っておられた。若林さん、頭いい人なんだろうなあ、と思っていましたが、スゴイ。

 

「むしゃくしゃして抱かれても正美は元ヤン講師を凌駕できるわけではないだろう。願わくば芯の食い方で元ヤン講師を超えてほしい。そして「真面目な生徒会長」と言われてもそれが私のスタイルだと胸を張る日を迎えてほしい。そうじゃないと正美と同じく「いまいち印象に残らなかった」とよく言われる地味なわたしが浮かばれないではないか。(大意、原文ママではありません)」

 

何様」   就職一年目にして面接官として就活生と向き合うことになり、自分は何様なんだろうと悩む克弘という男の話。「就活」自体が今回の主人公なのかな、と思うほど朝井リョウは就活そのものを突き詰めて考えている。もう鳥肌が立つほど。

 

  とか思いながら読んでいたら、最後の最後にわかった。克弘って、前作ではその他大勢の中の一人。どんなちょい役だったかは読んでのお楽しみということで。

 

  というわけで「何者」とセットで読むのが前提だろうけれど、単独で読んでも、あるいはこちらから読んでも十分楽しめる作品だと思う。

 

桐島、部活やめるってよ 

死にがいを求めて生きているの

何者

 

 

何者 / 朝井リョウ

⭐️⭐️⭐️

  「桐島、部活やめるってよ」「死にがいを求めて生きているの」を読んで俄然朝井リョウに興味が湧いた。そこでまずはこの作品。

 

就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから―。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲中の隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えて…。直木賞受賞作。 

 

  直木賞受賞作で映画にもなっており、買った文庫版のカバー表紙には6人の俳優の写真と一言説明、さらには相関関係が書いてあるというサービスぶり。なかなか秀逸だったので、引用してみる。

 

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文庫版表紙

 

拓人@冷静分析系男子 佐藤健

↓    片想い

瑞月@地道素直系女子 有村架純

↓     元カノ

光太郎@天真爛漫系男子 菅田将暉

↓    信頼

サワ先輩@達観先輩系男子 山田孝之

↓ ↑    見下す

隆良@空想クリエイター系男子 岡田将生

↓↑     同棲中

理香@意識高い系女子 二階堂ふみ

↓↑    見下す

拓人

 

  そして本編前の人物紹介はTwitterのアカウントと自己紹介文になっている。これもそれぞれの個性をうまく表現している。

 

  にのみやたくと@劇団プラネット @takutodesu

  コータロー! @kotaro_OVERMUSIC

  田名部瑞月  @mizukitanabe

  RICA KOBAYAKAWA  @rica_0927

  宮本隆良 @takayoshi_miyamoto

  烏丸ギンジ @acount_of_GINJI  (拓人の元演劇仲間、退学して演劇の道を選ぶ)

 

  このうち烏丸ギンジはほぼ拓人の回想の中でしか登場せず、残る5人が実質上の主人公である。冒頭光太郎の就活前のラストライブから始まり、この五人の関係がさっとデッサン風に紹介される。

 

  拓人+光太郎: ルームシェア

  理香+隆良: 1F上で同棲

  瑞月: 光太郎の元カノで同じく留学歴のある理香と友達。

 

  五人とも御山大学の学生で、光太郎のバンドOVERMUSICの解散ライブで楽しいキャンパスライフは終了、いよいよ就活を始めるところから約一年間が描かれる。

  なおサワ先輩は拓人のバイト先の先輩で、御山大学理系大学院在学、あと一年で推薦で就職できる状況。

 

  物語は終始拓人の目線で描かれ、それぞれのTwitterを随所に挟みながら就活の難しさ、進行具合、拓人から見た四人(+ギンジ)の客観的分析が綴られていく。

  ざっくり見ると、四人が協力しあって就活を頑張る様を批判的に隆良が見ているという図式だが、上記紹介文の様に「SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識」を拓人は見透かしている。

 

 光太郎:天然で人の懐へすっと入って行けるところは羨ましいが、初恋の人を探すために畑違いの出版業界を目指しているのはバカバカしいと思っている。

 瑞月:一方的に想いを寄せているが、なかなかうまく会話したりサポートしたりできないし、本人が自分のことをあまり語らないことにも拘泥がある。

 理香:留学・海外インターン・ボランティア・学祭実行委員等々の武器をあからさまに就活に活かそうとしているところ、名刺が風を着て歩いている様な様をバカにしている。

 隆良:実生活でもTwitterでも虚勢を張って就活をバカにしているが、実は自分もちゃっかり就活していて、しかも裏垢を持っていてそこで本音を吐露してストレス発散しているのが笑える。

 ギンジ:かつての仲間でありTwitterで演劇への強い思いを発信し続けているのを応援はしているが、学生演劇止まりだと掲示板で叩かれているのを見て安心している自分がいる。

 

  このあたりの機微を絶妙に描きつつ物語は終盤へ。瑞月の内定祝の際、虚勢を張る隆良を瑞月が糾弾してついに彼の驕慢な自尊心を打ち砕く。

 

  これで話が終わるはずはない。最後には拓人の番が回ってくる。彼を糾弾するのは一体誰なのか?拓人がこの長い語りの間ずっと隠していたものは何だったのか?

 

  「何者」かになりたいとあがく若者たちを描いて秀逸な作品であるし、五人の内面の闇のどれかは読む者の心にグサッと刺さってくるだろう。

  ただ、裏垢をそんなに簡単に人に知られるなんて脇が甘すぎ。それに叩きのめされた後の拓人の変化を描くエピローグ的な部分は朝井リョウにしては綺麗事すぎるな、とも感じた。

  最近アナザーストーリーの「何様」が文庫化されたのでそれも読んでみたい。

芸術新潮 2019年7月号 萩尾望都特集

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

  芸術新潮がモー様こと萩尾望都を大特集、しかも表紙絵は描きおろし新作、とあれば買わずにいられない、もう永久保存版。

 

  画業50周年記念大特集とあるが、それだけでなく、

 

・「ポーの一族 ユニコーン」が完結し、単行本第一巻がもうすぐ発売になる

・「ポーの一族」がもうすぐ始まる

大英博物館で開催中の「Mangaマンガ」展のため訪英、イベントに参加された

 

などの要因でこの時期に特集したのではと推測していたが、新潮社としては幻の戯曲「斎王夢語」の復刊「新装 斎王夢語」を7月末に刊行予定でその宣伝も兼ねていたようである。

 

  まあいずれにせよ、原画によるアートグラフに始まり、アトリエ紹介、小野不由美さんの特別寄稿「神域」、内山博子女史により濃密インタビューと大変濃い内容で満足であった。

 

画業50周年記念大特集 萩尾望都 少女マンガの神が語る、作画のひみつ

第一章:アトリエ訪問

第二章:クロッキー帖はイメージの宝石箱

第三章:特別インタビュー「少女マンガ」の向こうへ・・・・・内山博子

第四章:軽やかに、しなやかに、進化し続けるひと

第五章:タイプ別キャラクター図鑑

第六章:いにしえの皇女に思いをはせて

現地レポート:モーさま、ロンドンをゆく

特別寄稿:「神域」小野不由美

もののふの国 / 天野純希

⭐️⭐️⭐️⭐️

   螺旋プロジェクト第三回発刊は新進歴史小説天野純の「もののふの国」。前2作の短期間に絞った設定から打って変わり、平安時代平将門の乱から、明治初期の西南戦争まで、1000年近くの長きに渡った武士(もののふ)の時代を総括した壮大な物語となっている。なので、宣伝の煽りも尋常じゃない。

 

あるとき、男は政府軍の猛攻を逃れ、ある洞窟に辿り着いた。そこで男は、自らにのみ語りかける<声>の存在に気づく。 その<声>は、かつてこの国の支配者階級だった武士の千年近くに亘る壮大な戦いの歴史を物語りはじめる――。 本年度歴史小説最大の話題作、ここに誕生! 『小説BOC』「螺旋プロジェクト」中世・近世篇

 

源頼朝足利尊氏明智光秀大塩平八郎土方歳三…命を懸けた果てなき争いの先に待ち受けていた光景とは?千年近くの永きに亘り、この国を支配し続けてきた武士。しかしてその真の主役とは、勝者・敗者問わず、あらゆる猛き者をなぎ倒し、咆哮する魂を飲み込んでひたすらに驀進し続けた“歴史”そのものであった。いま、若き勢いそのままに練達の境地へと飛躍する著者が、その血塗られた戦いの系譜を、一巻の書物の中に極限まで描き切った。本書は、一篇の娯楽的歴史小説を、この国の叙事詩へ昇華させることに成功した、圧巻の物語である。さあ、覚悟して本書を繙かれよ。そして、その歴史の“声”に耳を傾けよ―。  

 

  いやあ、どんな超大作かと思って“覚悟して本書を繙”いたが、意外にも歴史の教科書と螺旋プロジェクトを合体させたような読みやすくて面白い内容でサクサク読めた。

 

  ただ、見方によっては「十一編からなる短編集」とも言え、普通の歴史小説として読めば一つ一つはあっさりし過ぎていて物足りないという感じもする。

 

  ここでその螺旋プロジェクトの基本をおさらいしておくと、

 

1:「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く

2: 全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる

3: 任意で登場させられる共通アイテムが複数ある

 

  2、3に関しては今回はさほど重要ではなく、やはり1を大真面目に武士の時代の変遷に重ね合わせているところにこの作品の最大の特徴がある。

  古来からこの国では、蒼い目を持つ「海族」と耳の大きな「山族」が対立し争ってきた。その対立があるからこそ時代は進歩する。これは「歴史の必然」。故に両者は否応なく出会ってしまう運命にあるが、一旦出会うと磁石の同極の様に反発しあう。そしてこの対立を見守り大きな節目には歴史を動かすものの背中を押す「長老族」。この役目を持つものは片眼が青く、もう片方の耳が大きい。

 

  こういう設定を活かして武士の時代を語る以上、政権交代のたびに海族山族が入れ替わるということになる。作者の設定を大枠で見ていくと

 

平家 海族

源氏 山族

足利 海族

織田、豊臣 海族

徳川 山族

薩摩 西郷隆盛  海族

 

  西郷隆盛だけなぜ個人名を出したかというと、もちろん彼で武士の時代は終わるということもあるが、この作品の構成の大枠として、

 

「西郷が西南戦争最終盤で洞窟に隠れている時に長老族の「声」を聞く。その「声」が武士の時代の大きな節目には海族山族の戦いがあったこと、それ故に時代は進んできたことを語り聞かせる」

 

という構成になっているため。そのエピソードは上に書いたように全部で十一、キーパーソンとなる時代と人物を簡単にまとめると、下記のとおり。 

 

・源平の巻

「黎明の大地」

平将門 (山族) vs 源経基 (海族)、 桔梗(長老族?)

「担いし者」

源頼朝 (山族) vs 平清盛 (海族)、 僧文覚 (長老族)

「相克の水面」

平教経 (海族) vs 源義経 (山族)、 僧文覚 (長老族) 

 

南北朝の巻 

「中興の時」「擾乱に舞う」

楠木正成 (海族) vs 足利高氏 (山族)、 佐々木導誉 (長老族)

「浄土に咲く花」

足利義満 (山族) vs 大内義弘 山名氏清 (海族)、 世阿弥 (長老族?、ただし楠木正成の血縁)

 

・戦国の巻

「天の渦、地の光」

明智光秀 (山族) vs 織田信長 羽柴秀吉 (海族)、 南光坊天界 (長老族、ただし明智光秀と同一人物?)

「最後の勝利者

徳川家康 (山族) vs 豊臣秀吉 茶々 上杉景勝(平家筋) (海族)、 南光坊天界 (長老族)

 

・幕末維新の巻

「蒼き瞳の亡者」

大塩平八郎 (海族) vs 跡部山城守 (山族)、 美濃谷五郎兵衛 (長老族)

大塩平八郎の養子格乃助、鬼仙島へ

「回転は遠く」

土方歳三 (山族) vs 西郷吉之助 (海族)、坂本龍馬 (長老族)

「渦は途切れず」

土方歳三 (山族 → 長老族?) vs 榎本武揚 (海族)

西郷隆盛 (海族) vs 木戸孝允 他長州閥 (山族)

 

   以上で、どの作品にも作者独特の考察がなされており、楽しみながら歴史の勉強ができていいと思う。海族山族という縛りがあるのでもちろん虚実ない交ぜではあるが、例えば

 

・東の源頼朝が土地本位制の武士社会を守ろうとしたことと西の平清盛が交易による貨幣経済を模索していたことの対比

・海族という設定を利用した織田信長の日本制覇後の野望、山族徳川家康の忍従と海族で織田への親和性があった秀吉への複雑な思い

大塩平八郎を意外に愚物に描ききる手腕

 

などは興味深かった。

  敢えて難を言えば、龍馬暗殺の真犯人はありきたりだし、最後に西郷の前に「声」が姿を現す、その憑代となる人物がちょっと意外過ぎる、というか、ほぼほぼ作者の嗜好だろうと思われるところは残念。

 

  というわけで、武士社会の成立から滅亡までを一気に描き切った面白い試みが堪能できる作品。とりあえずここで書いたような設定さえ理解しておけば、単品としても十分楽しめると思う。

 

螺旋プロジェクト

 

原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟

古代 「月人壮士」 澤田瞳子

中世・近世 「もののふの国」 天野純

明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳

昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ

昭和後期 「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎

平成 「死にがいを求めて生きてるの」 朝井リョウ

近未来 「スピンモンスター」 伊坂幸太郎

未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘

 

 

うそうそ / 畠中恵

⭐️⭐️⭐️⭐️

  しゃばけシリーズ第五作はシリーズ化後初となる待望の長編。一言、ページをめくる手が止まらない素晴らしい出来映え、大満足の一冊。

 

若だんな、生まれて初めて旅に出る!相変わらずひ弱で、怪我まで負った若だんなを、両親は箱根へ湯治にやることに。ところが道中、頼りの手代たちとはぐれた上に、宿では侍たちにさらわれて、山では天狗に襲撃される災難続き。しかも箱根の山神の怒りが原因らしい奇妙な地震も頻発し―。若だんなは無事に帰れるの?妖たちも大活躍の「しゃばけ」シリーズ第5弾は、待望の長編です。 (AMAZON解説)

 

  シリーズ化後、初の長編とあって、畠中恵さん、構想を練りに練ってきた。

  まずは若だんな一太郎を、初めて江戸から出すことにされた。あいかわらず病弱な若だんなのこと、目的は湯治、これは定石通り。

 

  そして目的地を箱根と決め、そこに至るまでの道程表を綿密に設定、更には当時の旅行に必要な物品や必要な費用などを事細かに説明していく。このあたりの薀蓄はなかなか面白く、感心しながら読ませていただいた。

 

  次に畠中さんが決めるのは若だんなのお供。当然まずは大妖の手代二人、仁吉(白沢)と佐助(犬神)、これは鉄板。そして鳴家(やなり)三匹。この三匹という設定、あとで絶妙に活きてくる。新顔として付喪神になりたての根付の獅子。そして人間が一人、腹違いの兄の松之助。これが誘拐の際の相手の混乱を招くことになる、うまい人選。

 これだけいれば道中安心、宿でも退屈しないでのんびり湯治、となるはずだが、そこはそれ、ただの旅行になる筈もない。

 

  まずは海路。小田原まで長崎屋の廻船に乗せてもらうことになるが、いきなりカモメならぬ烏の群れの襲撃を受け、さらには仁吉と佐助が行方不明に。これは今までになかった展開、先が心配。

 

  そして小田原に着いたら着いたで、松之助がいきなり荷物をかっぱらわれそうになる。何とかそれは阻止できたものの、目的地の塔ノ沢までなんと雲助の駕籠に乗ることになってしまう。

 

  なんとか宿についた二人。もう遅く疲れてもいるので温泉はお預け。で、その夜、なんと若だんなはいきなり人さらいに誘拐されてしまう。

 

  しかし、その誘拐犯ご一行、何となく様子がおかしい。山駕籠をかく雲助の新龍はいろいろと箱根の伝説を語って聞かせてくれる。主犯格の二人は武士のようで、勝之進孫右衛門という名前を隠しもしない。おまけに新龍は勝之進にタメ口をきく。しかしとにもかくにも狙いは長崎屋の若だんなで間違いないらしい。でも一太郎と松之助のどっちか分からない間抜けぶり。

 

  そうこうしているうちに、山中で一行は天狗達の襲撃を受ける。実は船を襲った烏はこの天狗達、何故か若だんなの箱根入りを阻止したいらしい。誘拐犯達も応戦するがなんせ相手は天狗、おまけに多勢に無勢、とてもかなわぬと思ったところへ現れたのは佐助。さすが犬神、バッタバッタとザコ天狗を倒していき、自分に注意を惹きつけて一行を逃がす。

 

  そして一行は箱根の山の中でけが人の応急処置。特にひどかった孫右衛門の傷を若だんなが手持ちの薬などで手当てをしたことから勝之進は心を開き、若だんなを襲った理由を説明する。なんと狙いは長崎屋の藤兵衛が育てる朝顔。その理由は読んでのお楽しみ。

 

  それはいいのだが、若だんなが崖下に仁吉と女の子の姿を発見して身を乗り出した途端、転げ落ちてしまう。

 

  次のシーンは芦ノ湖。そこから先は読んでのお楽しみとしておくが、ここまで双六の様に駒を進めていき、事件も次から次へとテンポよく繰り出し、歯切れのよい見事な展開。

 

  そしてここから話は急展開、山神とその娘の姫神が本格的に登場、温泉の地に付き物の地震、噴火、水脈等々の天災の話が加わってくる。

 

  人間の側の事情にも、長編ならではのじっくりと腰を据えた考察がなされる。藩の存続がすべてに優先する武士の身勝手、武士から雲助まで墜ちて初めて知った人としての生き方、姫神と自らを比べつつ「病弱で守られてばかりの自分は人様の役にたてる人間になれるのだろうか」と自問を繰り返す若だんな。

 

  そんな小難しいことを随所で語りながらも説教臭くならないところが畠中さんの巧さなんだろう。本作のヒロイン(?)姫神の比女(姫)ちゃんをはじめ、鳴家たちや、新キャラの付喪神などをうまく配して、最後まで息もつかせず読ませ、笑わせ、泣かせてくれる。

 

  さあ、無事に若だんなは温泉につかることが出来るのか?是非読んでいただきたい、しゃばけシリーズ、ここまでで最高の一本。

 

シーソーモンスター / 伊坂幸太郎

⭐️⭐️⭐️⭐️

   螺旋プロジェクト第二回配本は言い出しっぺの伊坂幸太郎

 

我が家の嫁姑の争いは、米ソ冷戦よりも恐ろしい。バブルに浮かれる昭和の日本。一見、どこにでもある平凡な家庭の北山家だったが、ある日、嫁は姑の過去に大きな疑念を抱くようになり…。(「シーソーモンスター」)。ある日、僕は巻き込まれた。時空を超えた争いに―。舞台は2050年の日本。ある天才科学者が遺した手紙を握りしめ、彼の旧友と配達人が、見えない敵の暴走を阻止すべく奮闘する!(「スピンモンスター」)。(AMAZON解説より)

 

  第一回配本朝井リョウの「死にがいを求めて生きているの」の平成を挟むように、

 

昭和バブル期(1980年代)を舞台とした「シーソーモンスター

・近未来(2050年)を描く「スピンモンスター

 

の中編二作から成る。全く別の物語であるが、「シーソー」の重要人物を「スピン」にキーパーソンとして登場させており、長い年月を経た同じ世界という設定は「魔王」と「モダンタイムズ」の関係を思い出す。

 

  伊坂が「単独の作品としても楽しめる」と書いているように、彼独特の軽妙な語り口、それでいて重い社会問題の提起、巧妙な伏線、ラストのどんでん返し等々は健在。

  とは言えこの作品はやはり螺旋プロジェクトの一環として読まないとやや珍妙で尻切れトンボな感じを受ける。このあたり、単独の作品として読みたかった朝井リョウとは対照的。

 

  ここで三つのルールをあらためて確認しておく。

1:「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く

2: 全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる

3: 任意で登場させられる共通アイテムが複数ある

 

  1に関してはもう二作ではっきりした。海族には「目」に、山族は「耳」に特徴がある。それを見届ける役割を持つものは片側ずつ両者の特徴を有する。海と山が出会うと必ず反発しあう。

  にしても、海族の主人公が頭に怪我をして意識不明になるところまでルールなのだろうか?これは第三回以降も読まないとわからないかな。

 

  対立に関してはさすが伊坂、面白い。「シーソーモンスター」では冷戦時代の米ソ対立嫁姑対立の大小二つの対立を同列で扱うという離れ業をやってのけて痛快。

 

  「スピンモンスター」では対立による争いが人類を進化させるとの判断を人工知能がくだし、情報操作により主人公二人を窮地に追い詰めるとともに、暴動を誘発、東京を東西に分断する壁の建設が進んでいく様が不気味に描かれる。

  これはクラフトエヴィング商會の吉田篤弘による「天使も怪物も眠る夜」に引き継がれていくようだ。

 

  2,3に関してはそれを見つけるのが楽しみの一つでもあるのでここでは伏せるが、3に関しては大体わかった。しかし二作に共通している「アイムマイマイ」という童話は、古代から武士の時代ではとても登場させられないと思うが、そのあたりは第三回配本の天野純希の「もののふの国」でわかるだろう。

 

螺旋プロジェクト

 

原始 「ウナノハテノガタ」 大森兄弟

古代 「月人壮士」 澤田瞳子

中世・近世 「もののふの国」 天野純

明治 「蒼色の大地」 薬丸 岳

昭和前期 「コイコワレ」 乾 ルカ

昭和後期 「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎

平成 「死にがいを求めて生きているの」 朝井リョウ

近未来 「スピンモンスター」 伊坂幸太郎

未来 「天使も怪物も眠る夜」 吉田篤弘

 

 

おまけのこ / 畠中恵

⭐️⭐️⭐️

   畠中恵しゃばけシリーズも第四巻。前作でそろそろ本格長編も読みたいと書いたが、残念ながら今回も短編集で5編おさめられている。残念ながらとは言ったが、畠中さん、手を替え品を替え楽しませてくれるので満足感は高い。

 

一人が寂しくて泣きますか?あの人に、あなたの素顔を見せられますか?心優しき若だんなと妖たちが思案を巡らす、ちょっと訳ありの難事件。「しゃばけ」シリーズ第4弾は、ますます味わい深く登場です。鼻つまみ者の哀しみが胸に迫る「こわい」、滑稽なまでの厚化粧をやめられない微妙な娘心を描く「畳紙」、鳴家の冒険が愛らしい表題作など全5編。(AMAZON解説)

 

では寸評。

 

こわい」  今回登場の妖は「狐者異(こわい)」。このこわい、本人がどう思っていようが関係なしに妄念と執着の塊で、人と交わらないのは勿論、妖からも嫌われており、さらには仏様にさえ厭われているという、恐ろしいといえば恐ろしい、哀しいといえば悲しい存在。そのこわいが居るだけで、若だんな一太郎の周囲の人々に災難が降りかかってくる。手代の大妖、佐助仁吉も口を酸っぱくして関わりを持つなと一太郎を諌めるが、あまりにも哀れに思った一太郎は最後にこの家に置いてやろうと決意する。さてその顛末は?

 

畳紙」  前作で予想した通り、妖が見える子供、於りんちゃんが再登場。ただ、今回の主人公は於りんちゃんではなく、お守り係のお雛さん。紅白粉問屋の娘さんで於りんちゃんの材木問屋の跡取り正三郎さんの許嫁。このお雛さん、ある理由で顔にすごい白塗りを施していて、妖でさえ「塗り壁」かと驚くほど。それをそろそろ止めるべきかどうか悩んでいて、ひょんなことから長崎家の付喪神屛風のぞきが相談に乗る羽目に。。。「こわい」と違ってほのぼの系、屛風のぞきとお雛さんの「夢の中」でのやり取りが笑わせ泣かせてほっこりする好編。

 

動く影」 今回の妖は「影女」。若だんな五つの春のお話しで、三春屋栄吉とかけがえのない友達になるきっかけとなった事件が語られる。中島みゆきの「五つの頃」と「ひとり遊び」の歌詞を彷彿とさせる、郷愁の一編。事件後、病弱なのに活躍の過ぎた一太郎を案じた長崎屋の先代夫婦は、見張りとお守りを兼ねて大妖の佐助仁吉を手代として雇うこととなる。

 

ありんすこく」 初めての廓噺。ありんすこくとは「ありんす国」のこと、ここでは吉原遊郭を指す。若だんな、父に連れられ初めて出かける。勿論、酒宴で遊んだだけなのだが、そのほとぼりも冷めないある朝、仁吉と佐助にいきなり「禿(かむろ)を一人足抜けさせる」と言い出したからさあ大変。手代二人は大妖だけあって若だんなにも父の当主にも遠慮がない、半ば脅迫して聞き出したその訳とは。。。ありんす国は病の国、遊女皆病を怖れている、そんな悲しい物語。

 

おまけのこ」  最後の表題作の主人公は、なんといつもは「その他大勢」扱いの妖、鳴家(やなり)の一匹。若だんなのいつも通りの名推理と並行して語られる、ある大事なものを守ろうとして長崎屋から放り出された鳴家の大冒険で笑わせてくれる。

 

  そして解説はなんと俳優の谷原章介さん。ネットの谷原書店など、本好きとは知っていたが、実に的確な評論で感心した。最後に谷原さんの一文を引用して終わりにしよう。

 

 世の中にはどうにもできないことがあると知る、そのリアリティー

 それでも一太郎は、あくまで優しいのです。時には自分の言葉が友達を傷つけたことに苦しみながら、そして時には周囲が注いでくれる愛情が自分を縛るように感じて戸惑いながら、やっぱり最後は「人の気持ち」の不思議に思いを馳せていくのです。

 絶対に温かい。でも、リアルだからほろ苦いー。「しゃばけ」の世界へ、ようこそ!

 

死にがいを求めて生きているの / 朝井リョウ

⭐️⭐️⭐️⭐️

  先日「桐島、部活やめるってよ」をレビューした朝井リョウの新作。と言っても、格別これに興味があったわけではなく、私の大好きな伊坂幸太郎の新作「シーソーモンスター」を読もうと思ったら、それが螺旋プロジェクトの一環で、単独でも読めるけれど先にこれを読んでおくとより楽しめる、と書いてあったから。

 

  では螺旋プロジェクトとはなんぞや?リンク先を覗いてみると、

 

「小説BOC」1~10号に渡って連載された、8作家による壮大な文芸競作企画。
以下の3つのルールに従って、古代から未来までの日本で起こる「海族」と「山族」の闘いを描く。


だそう。ちなみに三つのルールとは

 

1:「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く
2: 全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる
3: 任意で登場させられる共通アイテムが複数ある

 

  ふむふむ、要するにゲーム的要素を絡めたコラボだな。それで参加作家のファンをからめとって全部読ませよう、という姑息な、、、、、もとへ、、、、、壮大なプロジェクトらしい。


  で、第一回配本が朝井リョウの「死にがいを求めて生きているの」、桐島に勝るとも劣らない、キッチュな題名。まあ生きがいを求めて死んでいるよりはいいか。8作家の作品は原始・古代から近未来・未来にまで渡っているのが、本作は「平成」が舞台。

 

植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。二人の間に横たわる“歪な真実”とは?毎日の繰り返しに倦んだ看護師、クラスで浮かないよう立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年ディレクター。交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、目隠しをされた“平成”という時代の闇が露わになる―“平成”を生きる若者たちが背負う自滅と祈りの物語。(AMAZON解説)

 

  桐島と同様に登場人物の名前で章立てされている。この登場人物たちは、平成の世の中だけあって、戦争(兵役)もないし食うに困るようなことはない。でも高度成長期〜バブル期を経て訪れた、競争や対立を無理に押し隠したなんとも言いようのない閉塞感の中で生きている。

 

  例えば運動会の棒倒しの禁止しかり。

  テストの成績順の貼り出し取りやめしかり。

  神輿担ぎが男なら当たり前、女なら褒められる、それってあり?という男側の不満感しかり。

  競争社会からのドロップアウトを(不都合な真実は隠して)美化するマスコミしかり。

 

  そのような空気感を巧みに物語る中で、真の主人公である二人の男性、南水智也と堀北雄介の、小学生時代から、中学、大学と成長していく姿が描かれる。

 

     登場人物の語りの中で徐々に明瞭となる二人の性格と人生観の違いを丹念に追いかける緻密な語り口も見事なら、冒頭頭部外傷により植物状態となった智也を雄介が毎日のように見舞う、その“歪な真実”を終盤から最終章にかけ一気に暴いていく剛腕にも舌を巻く。

 

  さらには、お約束の「三つのルール」がきっちりとはめ込まれており、プロジェクトの一番バッターとしては出色の構成。

 

  が、、、しかし、、、このルールの「海族」と「山族」の対立を「歪な真実」の根幹にもってこなければならず、この作品の方向性が最後に大きくブレたのが誠に惜しい。

 

 「平成」という時代。対立や競争の押し隠し、弱者差別の排斥から生まれる逆差別感、「ナンバーワン」より「オンリーワン」の綺麗事。それらが産む閉塞感を見事に表現しておきながら、終盤ではオセロの白黒がバタバタとひっくり返るように、全てが「海族」と「山族」の対立に収斂されていく。。。

 

  堀北雄介と南水智也の友情の裏にある真実の種明かしとしては面白いのかもしれない、でも、これだけのものを書いておきながら全てが荒唐無稽と化す。。。プロジェクトの一環なんだから仕方ないでしょ、と言われればそれまでだが、それって勿体なくない?  と思わずにいられなかった。

 

 

ぬしさまへ / 畠中恵

⭐️⭐️⭐️

   「しゃばけ」が好評で書かれた続編、しゃばけシリーズ第二巻。短編集だが、粒そろいの人情噺が並んでおり、結構ホロリとさせられた。「しゃばけ」では全くネタバレさせないように気をつけたが、この巻以降はある程度のネタバレをお許しいただきたい。

 

 きょうも元気に(?)寝込んでいる、若だんな一太郎の周囲には妖怪がいっぱい。おまけに難事件もめいっぱい。幼なじみの栄吉の饅頭を食べたご隠居が死んでしまったり、新品の布団から泣き声が聞こえたり…。でも、こんなときこそ冴える若だんなの名推理。ちょっとトボケた妖怪たちも手下となって大活躍。ついでに手代の仁吉の意外な想い人まで発覚して、シリーズ第二弾、ますます快調。(AMAZON解説)

 

ぬしさま」 金釘流解読不能の恋文が男前でモテモテの手代仁吉こと大妖白沢(はくたく)に届く。もちろん仁吉には心当たりがない。そんなおり、火事に紛れて小間物屋の跡取り娘が殺される。その娘が恋文の主らしいのだが、妖連中の調べでは心優しい気前の良い娘という評判と、女中相手に威張りちらす性悪という評判の双方があることがわかる。悪筆であったかどうかも疑わしい。そのような情報を整理し、若だんな一太郎がたどり着いた真相とは。真犯人の方に肩入れしたくなる悲しい人情噺。

 

栄吉の菓子」 栄吉とは長崎屋の隣の菓子屋三春屋の跡取り。病弱だった一太郎のたった一人の幼馴染で大の仲良し。真面目で性格の良い青年なのだがただ一つの欠点がある。それはいつまでたっても菓子職人としての腕が上がらないところ、特に餡を作らせるとどうしたらこんなに不味くなるのかというくらい下手で妖たちにも笑いのネタにされている。なかなか面白いキャラクタ設定なのだが、本人にしてみれば深刻な悩み。

 

  そんな折りも折り、栄吉の作った菓子を食べて常連客のご隠居が死ぬ。これまた常連キャラの日限(ひぎり)の親分、岡っ引きの清七が取り調べを行うが。。。このご隠居、籤で財を成した成金で四人の性悪の血縁者がその財産を狙っていたことがわかる。ちょっと話に無理はあるが、栄吉の菓子にいつもイチャモンをつけて三春屋に居座っていたこのご隠居の真意にホロリとする。

 

空のビードロ」 本巻の白眉にして、一太郎の腹違いの兄松之助の悲しい運命の物語。松之助の境遇についてはネタバレになるので割愛するが、とにかく長崎屋にはおられず、外へ奉公に出た身。一太郎がその松之助に会いたいという思いが「しゃばけ」のメインテーマの一つであった。その前作の最後で、松之助の奉公先は火事で焼失する。幸い松之助は先に店を出ていて無事だったが、後日行く先がないから置いて欲しいと突然長崎屋に現れる、というところで終わっていた。

 

  本作はその経緯を松之助の側から描いた、極めて優れた短編である。大人の身勝手に翻弄された松之助がそれでもまっすぐな好青年に育っていたのも嬉しいが、それを迎え入れる優しい一太郎との最後のシーンには涙を禁じ得ない。

 

四布の布団」 相変わらず病弱で寝込んでいる一太郎だが、新調した布団から若い女の泣き声が聞こえる。おまけに手代が五布(いつの)仕立てと注文したはずが四布(よの)だった。一太郎の制止も聞かず、大甘やかししている父と手代二人は怒り心頭、布団を作った繰棉問屋へ談判へ出かける。この問屋の主人がまた大変な癇癪持ち。その怒鳴り声に一太郎は失神してしまう。後半はその主人の癇性と若い女の泣き声との因果関係を一太郎が解き明かしていく展開。一太郎の推理能力が冴える一本。

 

仁吉の思い人」 相変わらず寝込んでいる一太郎の慰みに、大妖白沢こと仁吉が自身の恋の物語を聞かせる趣向。大妖だけにスケールが大きい。平安時代に始まる千年の恋の物語である。その思い人の正体が明らかとなった時の一太郎の衝撃たるや想像に余りある。

 

虹を見し事」 いつもは大甘やかしに甘やかす手代二人、大妖の佐助(犬神)と仁吉(白沢)が素っ気ない。しかも一太郎の部屋に住み着く妖たちが全く姿を見せない。自分は誰かの夢の中に迷い込んだのだ、と気づく一太郎だが、はて、その夢の主とは誰か?種明かしの後にもう一捻り、哀しい事実が判明するのが上手い構成。また、松之助が長崎屋の奉公人となって元気に働いているのが嬉しい。

 

というわけで、粒選りの好編が詰まった、シリーズ第二作としては上々の出来の一冊。