第37回神戸市マスターズ水泳競技大会
初めて100個メ泳いだ。気持ちよかった。タイムはまだまだだけど。
アップがわりに出た25フリは悲惨。なんとかしなくちゃ。
虐殺器官 / 伊藤計劃
⭐️⭐️⭐️⭐️
読んでおかねばと思いつつ、未読という作家が何人かいるのだが、伊藤計劃もその一人。この度やっとこの処女作を手に取った。
私は日本のSF小説は海外、特にアメリカのSFに比して停滞気味だと長く思ってきた。実際SFマガジン700の海外篇と国内篇を比べても明らかに海外篇のほうが優れていると感じる。(それぞれリンク先の「ゆうけい」というHNが私のレビュー)
その一因として日本ではSFの書き手(描き手)が小説に集中せず、アニメ、漫画、映画、ゲームソフト等の分野に散らばってしまうことが大きいと思う。
前置きが長くなったが、それらすべてのエッセンスを体得し、これだけの小説を書ける「伊藤計劃」というずば抜けた才能が2000年代に存在したことを知らなかったのは痛恨であった。2007年にこの作品でデビューしてわずか二年で早逝されたのは誠に惜しい、と今更私が言う必要もないほど高く評価されておられるのだが、そう思った。
概要は下記のAMAZON解説の通りだが、彼の持つ膨大な知識と情報の中から適切なガジェットを選び出し、それらを手際よく精密に積み重ねて実に見事なポスト9.11のパラレル・ワールドを構築している。そこには先に述べた日本の多ジャンルに渡るSFの要素(特にRPGゲーム)、ハリウッド映画、当時のウェブ状況などが色濃く反映されている。ミームなどという懐かしい単語も出てくる(今でも使うことは使うが)。
実際、巻末の円城塔との対談で伊藤はこう語っている。
ネタはなんだってかまわないけど、とりあえずアルゴリズムや構造、あるいは文字のパターンで状況を乗り切れるんじゃないか、と。僕は、文体とかネタとか、わりと細かい装飾だけで立ち上げているような小説を書いていると自覚しています。
ディテールを異様に細かくしていけば、普通のことを書いてもSFになると、ギブスンの『パターン・レコグニション』から学びました。
そしてそのようなガジェットの精巧な構築の中でどれだけ作者の個性を前面に押し出していくか?この作品では暗殺対象の男、ジョン・ポールの提唱する人間の脳内に存在する「虐殺器官」という点に収斂させているところ凄みがある。そして淡々とした文体がそのおぞましさを際立たせる。
この小説のひな型であった「Heavenspace」(「The Indifference Engine」所収)では小島秀夫の「スナッチャー」を模倣していたが、この長編化において
「言葉」による相互憎悪が社会を崩壊させる
という斬新でかつ残酷なテーマに置き換えたところがこののはまさに慧眼。
ジョン・ポールの「虐殺器官」説の具体的説明がないところが不満、というレビューをAMAZONなどで多く目にしたが、学会雑誌に投稿するならともかく、フィクションなのだから所詮解説は不可能。この程度に浅く描いたほうがむしろ余韻を残すと思う。
一方で主人公クラヴィス・シェパードは暗殺機関に属しながら、実に繊細な人間である。小児兵士に対する躊躇ない殺人のための感情マスキングへのささやかな反感が澱のようにたまっていく様、交通事故でほとんど死んでいる母の生命維持装置を止めることを承諾したことへの絶えざる後悔と自責の念、ジョン・ポール捕捉のため近づいた愛人ルツィアへの思慕の思いと贖罪願望。ジョン・ポールのこの世界に対する真意への唐突なシンパシー。
このあたり、大森望の解説中にある佐藤亜紀の感想が正鵠を得ていると思う。
一読して感じ入ったのはその繊細さだ。もちろん題材は、タイトルと表紙に偽りなく、凄まじいわけだが、にも拘らず、ちょっとないくらい繊細なのだ。凡百の繊細ぶった、その実どうしようもない粗野な代物とは対極にある、題材に対する繊細さ。その背景の現実に対する繊細さ。(中略)今ここにおける切実な事柄を拾い上げ、見詰め、語った小説 - まさに今、私やあなたのいる世界で起こっていることを語った小説だ。
『9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?現代の罪と罰を描破する、ゼロ年代最高のフィクション。 (AMAZON解説より)』
夢印 / 浦沢直樹
⭐️⭐️⭐️
浦沢直樹の最新作「夢印(むじるし)」。珍しく一巻完結の作品、長崎尚志の名前がないのも久しぶりじゃないかな?フジオプロの協力とあるのは、今回の主要登場人物として、赤塚不二夫の名キャラクター、「おそ松くん」のイヤミが登場するから。
今から4年あまり前、2014年頃にルーヴル美術館から浦沢直樹氏に漫画作品の執筆依頼がありました。ルーヴルは漫画を「第9番目の芸術」と認め、ルーヴル×漫画の共同プロジェクトを企画していたのです。浦沢氏は当時抱えていた連載作品で忙しく、長いことその企画に取りかかることができませんでした。その詳しい経緯は、単行本『夢印』豪華版の浦沢氏のあとがきに詳しく書かれてありますが、「9番目の芸術」としてではなく「日本漫画」として描く。漫画は、漫画であって、より自由で、馬鹿馬鹿しくて、美しい。果たして、浦沢直樹氏が出した答えは、「イヤミ」を主人公にするというものでした。赤塚不二夫先生の生み出した『おそ松くん』のキャラクター「イヤミ」。今も東京のどこかに生きていて、日本、フランス、世界の壮大なドラマのうねりを生み出す中心となる。浦沢直樹氏が生み出す「日本漫画」の自由、馬鹿馬鹿しさ、美しさに、是非、酔いしれてください。
ということだそうだ。おフランス=イヤミ、は我々の世代にとっては馴染みのものだけど、若い世代はほとんど知らないんじゃないかな。その点、エヴァ―グリーンな「鉄腕アトム」の浦沢版「PLUTO」ほどの支持は得にくいかもしれない。
とは言え、やはり浦澤の絵の巧さはやはり超一流、現代漫画家の中でも群を抜いている。鉄腕アトムの主要登場人物を見事にリアル化した腕は健在で、イヤミにしても、浦沢らしい精密に描かれた人物として登場するんだけど、どうみても赤塚不二夫の造形したイヤミそのもの。また、ルーブル美術館やサモトラケのニケ、フェルメールなどの描写も惚れ惚れするほどリアルだ。
長崎尚志がいなくても、プロットもそれなりに練られている。随所にちりばめた小ネタにも笑える。最後の一コマのギャグはいつ出るかいつ出るか、と期待していたものではあったけれど、なるほどそう処理するか、と感心した。
故赤塚不二夫と、その時代の漫画への素晴らしいオマージュである。
ある一つの家族。
ある一枚の絵。
ある一人の謎の男。
多大な借金を負った父と娘が、藁をもつかむ気持ちで訪れた古い館。 看板には“仏研”と書かれている…… 館内の暗がりを親子が歩き進むと、一人の男が静かに座っていた。 その男は初対面の親子に告げた。 「夢を見る人にしか、ルーヴルから美術品を拝借した話なんて、してあげないざんす」と………“ざんす”? (AMAZON解説より)』
大貫妙子コンサート in メセナホール
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
2018.10.14 16:30-18:30
大貫妙子 (vo)
ゲストミュージシャン
原田知世(vo)
小松亮太(bandoeon)
バンドメンバー:
フェビアン・レザ・パネ(p)
小倉博一(g)
鈴木正人(b)
林 立夫(ds)
Setlist
1: 緑の風
2: 色彩都市
3: 横顔
メンバー紹介
小松亮太 参加
4: エトランゼ
5: Hiver(イヴェール)
6: 愛しきあなたへ
小松亮太 退場
7: あなたを思うと
8: 都会
9: 彼と彼女のソネット
10: 時をかける少女
11: ダンデライオン
大貫妙子 入場 デュエット
12: 地下鉄のザジ
原田知世 退場
13: 夏に恋する女たち
小松亮太 入場
14: 美しい人よ
EC
1: 突然の贈りもの
2: メトロポリタン美術館
購入グッズ:
サイン色紙付きLP: Pure Acoustic 2018
原田知世バンダナ
とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目学
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
マキメーこと万城目学の長編時代小説。いやあ畏れ入った。傑作だ。
最初はマキメー流の、ヒョウタンの物の怪(因心居士)に憑りつかれた忍び崩れの少年風太郎(プウタロウ)を主人公としたコミカルな忍者小説かと思わせておいて、最後は大坂夏の陣を舞台に、壮絶で感動的なクライマックスに登りつめていく。
風太郎と犬猿の仲の蝉、悪賢い女百市、大阪城に詰める忍びで絶世の美女常世、南方出身の忍者黒弓、敵方(京都所司代方)の忍びの棟梁で凄腕の残菊、そして高台院(=ねね様)、謎の貴人ひさご、等々のキャラが立ち、虚実のバランスが実によく取れ、非常な階級社会の実相も丁寧に書かれており、読み始めたら最終章で涙するまでやめられない、まさしくページターナー。
マキメーの会心作、お勧めである。
『時は戦国、豊臣から徳川の時代への大転換期。 重なり合った不運の末に、あえなく伊賀の国を「クビ」になった忍びの者、風太郎。 しかたなく出た京でぼんくらな日々を送るなか、彼が出会ったのは一個の「ひょうたん」。 老獪に語りはじめる謎の「ひょうたん」に誘われるようにして、風太郎の人生は時代に翻弄されながらも転がり始める。 「ひさご様」こと豊臣秀頼。恐ろしさと美しさをたたえる高台院ねね。ねねからのミッションで邂逅することになる大芸術家・本阿弥光悦。 マカオから来た黒弓、大阪城に仕える美忍者・常世、幼なじみのくノ一・百、対立する忍び・蟬――。 やがて豊臣と徳川の「いくさの気配」は法螺貝の音とともに開戦へ。 (上)
徳川方として従軍する風太郎。冬の陣での真田丸との闘い、戦間期に芽生えた「守るべきもの」への思い――。 和議成立ののち、平穏な日々が戻ったのも束の間、血なまぐさい因縁が風太郎を追い立てることとなる。 最後の大決戦。燃え盛る大坂城目指し、だましだまされ、斬っては斬られ、忍びたちの命を懸けた死闘が始まる。崩れ落ちる天守閣、無情の別離、託された希望、圧巻のクライマックス。堂々の完結!(下)(AMAZON解説より)』
天子蒙塵 第三巻 / 浅田次郎
⭐️⭐️
浅田次郎先生のライフワークとも言える、中国史シリーズ「蒼穹の昴」「中原の虹」に続く「天子蒙塵」も早や第三巻。読まねばと思いつつ、他に積読が多くて後回しになっていたが、この壮大なシリーズの完結巻になるという噂の第四巻の予約が始まっているという事で取り急ぎ読んでみた。
今更ながら、の感があるが、作者紹介を読んで驚いた。
「蒼穹の昴」 → 第一部
「珍妃の井戸」 → 第二部
「中原の虹」 → 第三部
「マンチュリアン・リポート」 → 第四部
「天子蒙塵」 → 第五部
なんだそうである。どう考えても「珍妃の井戸」はスピンオフものだし、「マンチュリアン・リポート」に至ってはRough and Readyの駄作で浅田先生ほどの方なら無かったことにした方がいいんじゃないかという作品。
まあその超駄作は置いておくとしても、私個人の評価としては「蒼穹の昴」が完璧な浅田先生の代表作で、「中原の虹」は後半息切れ気味。そして「天子蒙塵」は率直なところ全然面白くないなというのが第一、二巻の印象で、とにかく早く面白くなってくれ、と願っていた。
が、第三巻は残念なことに益々失速気味。最終巻へのブリッジだとしてもあまりにもヤマがない。
何しろ、愛新覚羅溥儀と張学良の回想とぼやきで前半三分の一が過ぎてしまうのだ。それを過ぎてようやくお馴染みの面々(李春雷、志津、吉永、酒井、馬占山等々)が出てくるが、かといって本巻に劇的な事件・出来事はない。
満州事変は過ぎているし、満洲国は建国されたものの溥儀はまだラスト・エンペラーとはなっていない。ましてや西安事変はまだまだ先のようだ。
実在の人物として川島芳子、ココ・シャネルが出てくるが、キーパーソンと言う訳でもない。嬉しいキーパーソンとして張作霖の五番目の妻、女傑寿梅明が登場する程度。
それなのに一方で、新しい架空の男女(駆け落ち)と少年二人(それぞれ家出)が満洲へやって来て話を動かすことになる。次巻が最終巻だというのに大丈夫なのか。
そして最も肝心な龍玉も春雷が隠したまま、一向に誰の手に渡るか分からない。まさかとは思うが、あの男に渡るのでは、という危惧も抱かせる。あの男に渡るくらいなら粉々に砕けて天に還る方がよほどいいと思うが。
浅田節も随所に出ては来るが、どうも湿りがちだし、贔屓の引き倒し的な人物描写は鼻につく。とりあえず張学良が帰国するので次巻で物語が大きく動き、最後に浅田先生流の感動の大団円となることを祈るのみである。
『新天地から始まる果てしなき道へ。 「馬賊の歌」も高らかに、日本を飛び出した少年二人、妙齢の美男美女は駆け落ちか。 満洲の怪人・甘粕正彦、男装の麗人・川島芳子も加わり、新たな登場人物たちが、それぞれの運命を切り拓くため走り出す。 満洲ではラストエンペラー・溥儀が執政として迎えられ、張学良は妻子を連れヨーロッパへの長い旅に出ていた。 日中戦争以前に何が起こっていたのか? 伝説のベストセラー『蒼穹の昴』シリーズ第5部。著者ライフワークはいよいよ昭和史の「謎」に迫る。(AMAZON解説より)』
月の輝く夜に/ザ・チェンジ / 氷室冴子
⭐️⭐️⭐️
今年は氷室冴子没後10年とのこと。私はコバルト文庫には縁がなく一冊も読んだことがなかったが、ジブリの「海がきこえる」もこの人の作品だと「本が好き!」で全作レビュー中のあかつき姐さんに教えてもらった。ついでに、初めて読むのなら何がいいか訊いてみると、シリアス+コミカルのバランスがいいこの作品がいいとのこと。おかげさまで初氷室冴子はなかなかに楽しめた。
月の輝く夜に: こちらはシリアス。源氏物語を少女小説風にするとこういう感じになるのだな、と納得。不穏な空気を孕みつつ静かに物語は進み、最後の最後に主人公がチラ見で懸想していた男の正体が明らかになる、結局出てくる女たちの誰も幸せにはなれない、という展開を平安絵巻のように読ませる氷室冴子の筆力はなかなかのもの、好短編だと思った。にしても、年の離れた恋人、こいつが実は一番曲者だな。
ザ・チェンジ: うって変わってこちらは抱腹絶倒のお笑い平安絵巻である。なるほどなあ、これが氷室冴子の陽の部分なのだな。
早い話が、氷室版「とりかへばや物語」なのであるが、綺羅姉弟、今上(帝)、女東宮、三の姫、宰相中将、等々主要登場人物のほとんど皆が皆、勝手な思い込みと勘違いのオン・パレード。まあアホ臭いことこの上ないのだがそれが笑える。これがコバルト文庫の軽みと面白みの面なんだろう。
かわいそうなのは綺羅姉弟の父の左大臣。エキセントリックを絵に描いたような二人の妻に挟まれ、おとこおんな、おんなおとこ二人の子供の大騒動に巻き込まれてぶっ倒れてしまうのは哀れであった。
あと二品はおまけ、的な感じ。
少女小説家を殺せ!: 自らをカリカチュアライズした超アブナイエキセントリック小説家火村彩子に翻弄される主人公。もろ自虐ネタのお笑い小説。カラッと笑って後にナ~ンにも残らないのがいいところ、といえばいいところか。
内容には関係ないが、これを読むと氷室さん北海道出身みたいだから調べてみたら藤女子大のご出身。中島みゆきとは5歳年が違うから、接点はおそらくなかったんだろうな。
クララ白書番外編 お姉さまたちの日々: クララ白書を知らないから何とも言えないが、お笑いタカラヅカ系的な。人物造形がステレオタイプで、それを楽しむんだろう。
『十七歳の貴志子は、親子ほどに歳が違う恋人の有実から、彼の娘の晃子を預かってほしいと頼まれた。晃子は十五歳。気が進まなかった貴志子だが…?表題作『月の輝く夜に』のほか、同じく文庫未収録作品『少女小説家を殺せ!』『クララ白書番外編 お姉さまたちの日々』を収録。そして文庫・単行本で134万部を記録した不朽の名作『ざ・ちぇんじ!』上下巻を併せた、氷室冴子ファン必読の一冊。 (AMAZON解説より)』
偶然の祝福 / 小川洋子
⭐️⭐️⭐️
いやあ、これは驚いた。例えばポール・オースターなんか自分の作品に過去の自作の主要人物を登場させることを得意としているが、記憶に残るかぎり小川洋子ではそんな作品はなかった。
ところがこの短編集には「バックストローク」「ホテル・アイリス」「貴婦人Aの蘇生」を明らかに意識している作品があるし、暗示的にだが「完璧な病室」「ミーナの行進」を彷彿とさせる描写もある。小川洋子流ポストモダンといった趣。
特に「盗作」という作品を読んだ時は「また二度買いしちゃったか!」と焦ったくらいだ。自分の「バックストローク」を実は盗作です、と言い切るフィクションの凄み、それを平然と書く小川洋子さんにはもう降参。
そんな中で、他の作品の主人公小説家の子どもの頃の話かなと思わせる「キリコさんの失敗」と、愛犬アポロの病気にひたすら戸惑う「涙腺水晶結石症」は比較的ホノボノとした、安心して読めるいい話。
最後に唐突に時計工場が出てくる「時計工場」だけは分かりにくい話だが、一作目の「失踪者たちの王国」から、貴婦人Aが出てくる「蘇生」まで、「失ったものへの愛と祈り(裏解説より)」に溢れた短編集である。そこはやはり小川洋子だ。
解説が川上弘美、というのも嬉しい。
『お手伝いのキリコさんは私のなくしものを取り戻す名人だった。それも息を荒らげず、恩着せがましくもなくすっと―。伯母は、実に従順で正統的な失踪者になった。前ぶれもなく理由もなくきっぱりと―。リコーダー、万年筆、弟、伯母、そして恋人―失ったものへの愛と祈りが、哀しみを貫き、偶然の幸せを連れてきた。息子と犬のアポロと暮らす私の孤独な日々に。美しく、切なく運命のからくりが響き合う傑作連作小説。 (AMAZON解説より)』
ヤモリ、カエル、シジミチョウ / 江國香織
⭐️⭐️⭐️⭐️
久しぶりの江國香織、2014年の作品で谷崎潤一郎賞受賞作。それも、文庫本で460P以上ある長編。内容は江國香織そのものだが、二人の子供、周囲の大勢の大人たち、と多数の視点で細かく小節分けされて物語が紡がれていくため、ものすごく集中力を要する。
特に言葉の発達が遅く、その代わりに人の心や雰囲気が読めて、カエルやヤモリやシジミチョウをはじめとする小動物たちと会話できる「たくと」君の視点での小節は漢字が出てこない。彼がこの小説のキーマンだけに本当に疲れる。
「アルジャーノンに花束を」の(邦訳の)二番煎じみたいだ、と思う方も多いかもしれないが、江國ファンとしてはこれはやはり江國流なのだと思う。アルジャーノンに似た仕掛けもあるので見落とさないようご注意を。一応このレビューにも仕掛けておく。
というわけで最終小節を読み終えた時はほっとしたような、茫然としたような複雑な気分だった。でも、やっぱり江國さんは、言葉の、文章の天才だとあらためて思った。
とはいえ、この作品全体をどう評価するかは難しいところ。ストーリーとしては大したことは起こらないので低い評価になる。おまけにいろいろな登場人物の全ての流れが最後に唐突に途切れる。その後どうなったかは分からない。
分からないと言えば、たくと君が通訳で、姉の育美が可愛がっていたカエルの「葉っぱ」が段々と弱っていき、最終章で、さすがの拓人君でさえあっと驚く行動を育美はとる。でも後年成長した二人が語り合っている場面で育美はそんなことはしていない、葉っぱはちゃんと庭に埋めてあげた、と言う。どちらが本当か分からない。
だから江國香織を読んだことのない人が初めてこれを読めば、何だこれだけ長い文章を読ませておいて、と怒り出すかもしれない。彼女の世界が好きな人が、少しずつ彼女の文章を味わいながら読むのに適した作品なのだろう、と思う。
個人的には浮気が当たり前だと思っている父親にちっとも共感できないし、彼の小節は不愉快になる。それでもそれを書かないではいられないのが江國香織らしいところなのだろう。
ちなみに私は家にヤモリが何匹いても大歓迎だが、家内はやはり嫌がるだろうな。
『虫と話ができる幼稚園児の拓人、 そんな弟を懸命に庇護しようとする姉、 ためらいなく恋人との時間を優先させる父、 その帰りを思い煩いながら待ちつづける母――。 危ういバランスにある家族にいて、 拓人が両親と姉のほかにちかしさを覚えるのは、 ヤモリやカエルといった小さな生き物たち。 彼らは言葉を発さなくとも、拓人と意思の疎通ができる世界の住人だ。 近隣の自然とふれあいながら、ゆるやかに成長する拓人。 一方で、家族をはじめ、近くに住まう大人たちの生活は刻々と変化していく。 静かな、しかし決して穏やかではいられない日常を精緻な文章で描きながら、 小さな子どもが世界を感受する一瞬一瞬を、 ふかい企みによって鮮やかに捉えた谷崎潤一郎賞受賞作。(AMAZON解説より) 』
私の家では何も起こらない / 恩田陸
⭐️
とことんつまらない。昔読んだホラーだか幽霊話だかのオマージュらしいけれど、どの話も水準以下。もっと凄いものを書ける人がこの程度の短編でお茶を濁しておいて、最終話で一丁前のゴタクを並べている。ファンをなめるなよな、という感じ。内容は書く気もしないので、AMAZON解説を参照されたい。
「夢違」が前半そこそこの出来だったけれど、恩田陸さんとカドカワは余程相性が悪いらしい。
『小さな丘に佇む古い洋館。この家でひっそりと暮らす女主人の許に、本物の幽霊屋敷を探しているという男が訪れた。男は館に残された、かつての住人たちの痕跡を辿り始める。キッチンで殺し合った姉妹、子どもを攫って主人に食べさせた料理女、動かない少女の傍らで自殺した殺人鬼の美少年―。家に刻印された記憶が重なりあい、新たな物語が動き出す。驚愕のラストまで読む者を翻弄する、恐怖と叙情のクロニクル。(AMAZON解説より)』